生活の記憶

宮崎演習林の広野地区には、明治から終戦後すぐくらいまで銅の採掘が行われていた場所があり、当時は周辺にいくつもの集落があったそうです。

今でも林内には、かつての住居跡や使用されていた食器類が残されているところがあり、当時の人々の生活が窺えます。

この銅山集落についての詳細はあまり残されていませんが、先輩方の話によると、中には千人単位の規模の集落もあったとか。


このような平らな場所には


大抵の場合、食器類が落ちています


数千人単位の集落があったとされる場所には、
立派な石垣が残っています


見晴らしのいい方向に向かって積まれたこの石垣は

銅山の、山の神様を祀っていた場所だそう


宮崎演習林には広野地区の銅山集落以外にも、炭焼き窯跡や食器類が残っている場所が数多く残っており、その付近には当時の人々がつけたであろう地名が残っています。

興味のある方は、「九州大学宮崎演習林の地名」(椎葉・内海(2009)を参照してみてください。

2026.10.23. fujiyama