山の生業について

スギ林の中に整然と並んだ丸太の列。これは原木(げんぼく)でシイタケを栽培する「ほだ場」で、規則正しく並べられたシイタケの原木は「ほだ木」といいます。

原木で栽培したシイタケは、おもに乾燥椎茸として出荷されます。シイタケ生産は九州山地を抱える地方では盛んに行われており、なかでも大分、宮崎両県の生産量は全国一二を誇ります。


シイタケ原木にはクヌギが利用されます。道沿いに植えられたクヌギの林は、ほだ場とあわせてシイタケ生産地ではよく見られる風景です。 

宮崎演習林では3年前から産業展示・学習を目的としたシイタケほだ場の整備に取り組んでいます。クヌギ林からほだ場づくりまでは、次のような手順で進めます。

 
演習林内にあるクヌギの植林地で、原木にするクヌギを昨秋に切り倒しておきます。そして倒した木はそのまま放置して自然乾燥(葉枯らし)させます。

3~4ヵ月経って、ほどよく乾燥させたクヌギを現地で3~4mの丸太に刻み、
 
刻んだ丸太を集材します。この植林地は地形が急で作業路が付けられません。
そこでウインチを使って材を引き寄せて、道まで引き下ろします。
乾燥しているとはいえ、クヌギの材は重いので引っ張るのにはあれこれ工夫が必要です。

引き下ろした丸太をチェンソーで1mの長さに切りそろえます。
これで原木の出来上がり。クヌギの立木13本から150本の原木が採れました。
山から樹木園に運んでおいた原木に、先週、種駒(たねごま)を打ち込みました。
「コマ打ち」、と言ってシイタケ菌を原木に接種して「ほだ木」にする作業です。
このコマ打ちが終わればいったん一区切りとなります。
コマ打ちから二夏がすぎると、ほだ木に菌がまわってシイタケの発生が始まります。
このタイミングで井桁に組んでいたほだ木を、収穫しやすいように並び替えます。「ほだ起こし」、というこの作業を経て冒頭の写真で紹介した完成したほだ場となります。
よく管理されたほだ木からは3~4年間ほど安定してシイタケが採れます。
ほだ場管理のサイクルは、ほだ木の劣化程度に応じて途切れることなく行われます。
自然環境をよく利用してはいますが、一連の工程から骨の折れる仕事と分かるでしょう。

シイタケ生産は今でも重要な産業です。しかし、乾燥椎茸需要の低下に加えて生産者の高齢化で衰退傾向です。
農耕に拠れない山地ではシイタケ生産のほかに林業、薪炭業、狩猟等、山の資源を利用した仕事を組み合わせて生業としてきました。
とはいえ、薪炭業と狩猟は廃れて久しく、林業も森林組合や伐出業者への委託経営が主流となった現在では、シイタケ生産のみが生業といえる状況です。
もとより現金の得られる代替産業が存在しないのですから、山での暮らしは厳しいの一言に尽きると感じます。それは一般論ではなく、観察者として足掛け4年をこの地で過ごした私の実感です。

コマ打ちの時期は、この地での春の訪れの時期でもあります。
険しい山肌に、どこにあったかと驚くばかりのヤマザクラが咲き誇ります。
椎葉村大河内、源流の地で迎える最後の春となりました。

                                 2021.3.29 D.O



 

白髪岳登山

先日、卒論調査の下見に球磨郡あさぎり町の白髪岳に登ってきました。森の研究をしていると言えど、趣味が登山というわけではなく、行くのはもっぱら演習林の森です。なので、他の山の様子を見る機会はあまりないのですが、今回、近所の白髪岳に登ってとても良かったので報告させていただきます!

白髪岳は標高1417mなので、高さはウチ(九大宮崎演習林)の三方岳(1479m)とほとんど変わりません。白髪岳がとても良いのは、登山口が既に1100m程度ある点です。そして、ブナの群生地であることです。ブナが生えていて、下層植生が消失し、土壌侵食が起こっている場所を探しているのですが、そういう場所は車から結構歩かないといけない場合が多く、調査がしづらい環境です。白髪岳は山頂までのアクセスが非常によいのにもかかわらず、ブナがいる、そしてササがない、ということで、とても良い候補地と考えていました。
(ちなみに、登山口から頂上まで1時間で行けるらしい、と同行者にアナウンスしていたのですが、ゆっくり歩いていると結局2時間かかってしまいました、、)



歩き始めると、すぐにブナがいました!常緑広葉樹のアカガシも立派なやつがいました。宮崎演習林の植生ととても似ていて、親近感がわきます。


なぜか、ハイノキだらけでした。わさーっとしていて、とても密に生えています。ハイノキはシカがあまり食べないのかもしれません。ウチの演習林にも結構います。


立派なブナを見ると、おお~~~~!となりますよね。枝ぶりが複雑です。

今回、白髪岳に行って驚いたことのひとつが、ブナの多さでした。他の樹種もいますが、標高が上がるにつれて、圧倒的にブナの個体数が多くなっていました。そして、ミズナラがいません(見ません)でした。椎葉にも霧島にもいますが、なぜ、白髪岳にはいないのでしょうか、、

そして、もうひとつ驚いたのがシキミの多さです!ウチの森はアセビだらけなのですが、こちらにはアセビがおらず、シキミばかりでした。そして、ウチのシキミにはだいたいタマバエの虫こぶがついているのですが、こちらのシキミには虫こぶがなく、とてもきれいな葉っぱをしていました。稜線のシキミの葉は細長く、見た目もアセビみたいになっていました。

シキミもアセビもシカが食べない低木種です。シカの個体数が増加すると、この辺の森はアセビだらけの森になってしまう、と思っていましたが、シキミだらけの森にもなるのかもしれません。しかし、なぜこちらにはアセビがいないのでしょうか。そして、アセビがやってくると、アセビがシキミに勝つのでしょうか。(ウチには両方いますが、圧倒的にアセビの方が多いです。)謎だらけです。



標高が上がるとブナの占める割合がどんどんあがり、大きな個体も目立ちます。


だがしかし!稜線に出始めるととたんに樹木の枯死が増え、土壌は侵食されつくし、荒涼とした世界に変わりました。


大きな個体はいるのですが、枯死してしまった個体も多いです。生きている個体も上の方から枝を落として、大型リターが目立ちます。


ウチの山の稜線も枯死木が増えていて、「世界の終わり」と名付けているのですが、こちらは「世界の終わり」がさらに進んだ状態で、面積も広かったです。


だがしかし!たくさんのシカ防除ネットが設置されていて、なんとなんと、ササが守られていました!!もともとこの辺りの森林は2mを超えるササが繁茂していたのですが、シカが全部食べてしまって、今は公園のような下層には何も生えていない状況となっています。下層植生は森林生態系の機能を維持するためには必要不可欠な存在で、私は上層木の枯死も下層の消失が間接的な原因ではないかと考えています。下層植生の果たす役割、土壌侵食の影響、上層木の枯死の原因については鋭意、調査中です。学術的な知見はもちろん、保全という観点からも研究を行いたいと思っています。今回、シカ防除柵がこれほどたくさん作られていてびっくりしましたし、我々も頑張らないといけないな、と思いました。



 最後に、お決まりのサルノコシカケに腰掛けました、写真です。

白髪岳、とても良かったです!何と言ってもブナの多さにびっくりしました。私は関西の低地出身なので、ブナには縁遠いのですが、最近はすっかりブナ好きになってしまいました。この辺りのブナは南限に近く、気候変動の影響も受けやすいです。そのうち九州のブナはいなくなってしまうと言っている論文もあります。ぜひ、ブナ林を見に白髪岳に行ってみてはいかがでしょうか~~

Katayama

大河内小学校の遠足

先日,地元・大河内小学校の遠足が行われました.

例年は7月に一泊二日の日程で受け入れているのですが,今年度はコロナウイルス流行のために宿泊がなくなり,さらに悪天候の影響などもあって延期を重ね,ようやく3月のこの時期に実現したのでした.

全校児童12名で出発式
今年は低学年生が多く(1~3年が10名)
なぜか男子が多い(10名)

天気が心配されていましたが,前の晩から降り出した雨も明け方に止み,空が明るくなっていました.今の時期は濡れると冷えてしまいますからね.本当に良かったです.

ぬかるんで滑りやすい箇所もありましたが
子供たちは(あまり)動じずに淡々と歩きます
体が軽いと滑りにくい?

大河内小の遠足は毎年のことでもあり,今年は何を見せよう,どんな話をしようかと,やっぱり色々と考えます(子供相手だとあまり事前に考えても意味がなかったりしますが).

今回は大まかに「シカが森に与える影響」をテーマにしました.

シカ柵の中ではたくさんの若木が育っていることを確認
(葉がついていないのでわかりにくいですが)

シカが下層植生を全部食べてしまったことで
土壌が流れて木の根が露出した様子

「地面に雨粒が落ちた時に飛び散る土の量」を調べる実験
研究の話も熱心に聞いてくれました

もう一つのテーマは「川が生まれる場所を見てみよう」です.
小学校の前を流れる一ツ瀬川は,やがて宮崎市北部から海に入る,なかなか大きな川ですが,その源流部は概ね宮崎演習林の山林に含まれます.

森の地面に降った雨は,凹地(谷)に集まり
より低い場所に向けて流れていきます

そんなことより何か生き物はいないかと夢中な皆さん
夏だったらカエルくらいいたかもね

この一年間,小学校では中止になった行事も多く,それ以外にも様々な面で不自由があったことと思います.今回の遠足は,少しそんな気持ちが晴れるような楽しいものになれば良いと思っていましたが,どうだったでしょうね.

次は半年後くらいでしょうか.また一緒に歩きましょう.

2021.3.11 市橋

守りきれなかった植林地

 前回の記事でご紹介したように,宮崎演習林の植林地ではニホンジカ等が木を食べたり傷付けたりするため獣から苗木を守る設備が無い限り若い樹々が育たない状況が続いています.このため,毎年新しく苗木を植え付ける区画は合成繊維や金属で出来た網「獣害防除ネット」を必ず設置します.若い植林地には青々とした草や若い苗木の新芽など獣にとって大切な餌が豊富にあります.演習林内の大半の場所でめぼしい植物は食べ尽くされているため,ニホンジカにとって植林地の獣害防除ネットの中は何としてでも侵入したい魅力的な場所なのです.

ネットの中は草が生い茂るが,ネット外は食害を受けて芝生のよう.6月下旬.

  獣害防除ネットは設置した当初は万全でも,やがて強風でネットに歪みや緩みが生じたり土壌の侵食で裾が浮いたりします.こうなると獣たちはネットを潜り抜けたり飛び越えて侵入してしまいます.そこで,獣害防除ネットを定期的に点検して緩みや歪みを解消し支柱や控え綱で補強をするなどのメンテナンスが必要です.宮崎演習林では定期的に職員が獣害防除ネットのメンテナンスを行っています.

 
沢沿いの段差に設置した網が弱点となり,倒された獣害防除ネット.

 

 
網の裾を止めるアンカー.土が柔らかいとアンカーが浮いて獣が潜り抜ける.

 定期的なメンテナンスにより適切に植林地が守られれば,苗木は順調に成長し数年程度でニホンジカが加害し難い程度のサイズに育ちます.しかし,地形が複雑でネットに弱点が生じやすい場所,奥地で職員が訪れる頻度の少ない地区では獣たちが侵入に成功してしまうこともあります.スギやヒノキなど針葉樹の苗木は芽を獣に食べられると,側の新芽が伸びて代わりの幹になろうとします.しかし,繰り返し齧られることでどんどん枝が増えて盆栽のような萎縮した樹形になります.かろうじて伸びきっても幾本もの幹(叉)に分かれてしまい林業的には全く無価値の代物に成り下がってしまうのです.このように予定していた植林が環境要因や野生鳥獣の攻撃などにより成立しなかった場所は「不成績造林地」(写真)と呼ばれます.それまで投入したコストが無駄になった場所ということで,とてもやるせない気持ちになります.

2010年にスギを植林した場所.疎らにいじけたスギ苗が見える.

繰り返し食害を受けたスギ苗.10年生で50cm程度.

 写真の場所は一部は展示用に保存し,それ以外は苗木を植えなおす「改植」や広葉樹林への誘導など,不成績造林地を使った試験研究が検討されています.

 

2021.3.5 Tn